関東学院旧高等学校校舎
(旧関東学院専門部)
J.H.モーガンの代表的作品のひとつにあげらる関東学院中学校本館は、
横浜市の認定歴史的建造物として、すでにお馴染みのことと思いますが、
同じキャンパス内にある、同校の旧高校校舎もモーガンの作品であることはあまり知られておりません。
中学校校舎から遡ること3年、大正15年(山手111番館と同時期)の竣工ですから、
モーガンが東京から横浜へ事務所を移した年の作品ということになります。
一切の装飾を排しており、意匠的なものについては、特筆すべきものはありませんが、
マッシブで安定感のあるプロポーションは、彼ならではと言えます。
そもそも、モーガンは日本フラー建築会社の設計技師長として丸ビル(大正9年)建設に携わった人物。
建物基礎として、長さ14メートルの松杭が5,443本も打ち込まれていたことは有名な話です。
ところが、当時のアメリカの最新技術が導入された丸ビルも、
さすがに関東大震災の影響は大きく、その後の補強を余儀なくされたとの事。
しかし、この校舎は、彼自身が関東大震災を体験し、その直後の建築であることからも、
耐震性においては相当の配慮がなされたことでしょう。
事実、戦後になって、この校舎の横に増築がなされていますが、
その部分は老朽化ですでに解体となり、皮肉にも、また増築前の姿に戻ることとなったのです。
(この建物の斜め前には、山口文象設計の素晴らしい講堂もありましたが、こちらも老朽化により解体。)
かつては、特別授業などで中学生も使用していたほか、最近までは夜間定時制の校舎として活用。
定時制がなくなり、建物の先行きが心配されるところですが、
関東学院の永い歴史が刻まれた、同校の施設としては最古のものでありますし、
それ以前に、大正期の現役校舎は、県内ではおそらくこれ一棟のみでしょう。
建築史・教育史のうえでも貴重な存在として、今後も保存・活用が望まれる建物です。(仁木)
※平成18年8月解体になりました。残念です。
Data
所在地:横浜市南区三春台4
構造:R.C.造2階 地下1階
設計:J.H.モーガン
施工者:
建築年代:大正15年 |
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建物前部の「堀」は地下室の換気と採光の為。モーガン得意の半地下構造。
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階段手すりに当時の意匠が残っています
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